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都政新報

俳句フォトエッセイ

秋気満つ白金長者の散歩道

JR目黒駅から歩いて10分足らず、見事なイチョウ並木のはずれに東京都庭園美術館がある。アール・デコ調の建物で知られるこの美術館は、若い人たちにも人気らしい。その隣にあるのが、自然教育園である。現在は国立科学博物館の附属施設になっているが、かつては御用地であり、中世には、白金長者と呼ばれた豪族の館があった。周りは高速道路や幹線道路で囲まれているのに、一歩園内に入ると木々の匂いに包まれる。道はよく整備されているが、鬱蒼とした森に入り込む気分だ。広さは、およそ20万平方メートル。園内を普通に回るとおよそ1時間というから絶好の散歩コースである。

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いわし鯖ひつじまでゐて秋の雲

今年の9月は雨ばかりだった。統計によれば、東京では平年の3倍近い雨が降ったという。秋といえば「天高し」の季節である。夏の湿った空気が去り、秋晴れの透き通る空の美しさが際立つ季節である。雲の形も夏とは違う。夏の雲の代表は入道雲だが、秋には鰯雲や鯖雲や、一つ一つの塊が大きく見える羊雲などのうろこ状の雲が現れる。うろこ状の雲の並びには、雲の上下の温度差によって起こる小さな対流が関わっているという。俳人の森澄雄はこうした秋の雲について《生涯にいくたびか全天鰯雲》と詠んだ。また加藤楸邨は、《鰯雲人に告ぐべきことならず》の句を残している。いずれも人生や生き方について考えさせられる俳句である。

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こぼれても亦こぼれても萩の花

今年は、残暑もあまり感じないままに秋が深まってきた。いつの間にか曼珠沙華が咲き、金木犀の香りが漂ってくる。しかし、秋の花の代表は、やはり萩だろう。草冠に秋と書いて「萩」。字そのものから、萩は秋の花であることがわかる。詩歌の世界では萩は秋の欠かせない題材である。遡れば、万葉集でも萩を詠んだ歌は多いという。山上憶良は、秋の七草の先頭にこの「萩」を挙げている。俳句の世界で有名なのは、『おくのほそ道』での芭蕉と、その旅を共にした曾良の句である。芭蕉は、市振の宿で伊勢に向かう遊女を哀れに思い、同行させてほしいという願いを断りながらも《一家に遊女も寝たり萩と月》と詠んだ。

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秋灯し東京駅のウエディング

東京駅の前である。秋雨の合間を縫って、結婚式の写真の前撮りが行われていた。何組ものカップルが順番待ちをしている。この光景だけを見ていると、「少子化」という現実が信じられないほどだ。しかし、日本の少子化は凄まじい勢いで進んでいる。昨年の出生数は約67万人。前年に70万人を割り込み、さらに過去最少を更新した。子どもの数が最も多かった時と比べると、約75%減ったことになる。このまま減少が続けば、日本の人口は100年後には3千万人台になるという推計もある。極端にいえば、日本という国の行く末さえ案じられる。出生数の減少の背景には、若者の未婚化・晩婚化があるといわれている。

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煌々と東京駅の秋の夜

例年なら「残暑、残暑」で暑くて堪らない頃だ。それが今年はおかしい。長袖でその上に上着を着込んでも丁度いい日もある。すっかり秋の装いだ。久しぶりに東京駅に行った。都政新報の取材が目的だが、ここではネタバラシはしない。来週の火曜日の記事を読んでほしい。東京駅は随分変わったものだ。南北のドーム屋根が大正時代の開業当時の姿に復元されたのは、もう10年以上前だが、きれいにライトアップされ、言いようもない雰囲気を醸し出している。丸ビルや新丸ビルには、洒落たショップやレストランが並ぶ。驚いたのは、八重洲側だ。こんなに高層ビルが軒を並べているとは!そのどれも煌々と灯りを灯している。

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花木槿うす紫の濡れそぼる

友の家に行く途中に木槿の花を見つけた。どちらかといえば、少数派の薄紫色。それも半八重だ。雨に濡れてひっそりとした風情があり、つい立ち止まってしまった。木槿は、一般に一日花と言われる。朝咲いて、夕方には花がしぼむからだ。しかし、この木槿は夕闇が迫っているのに一向にしぼむ気配がない。木槿という花を知ったのは、芭蕉の『野ざらし紀行』の句《道のべの木槿は馬にくはれけり》からである。実物を初めて見たのは、江東区の芭蕉記念館である。ここの庭には芭蕉が詠んだ植物が所狭しと植えられており、「馬にくわれたのはこの木槿か」としげしげと眺めた記憶がある。それ以降、町のあちらこちらに木槿の花が咲いていることを知った。

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厄日めく空の蒼さや慰霊堂

9月1日は「震災忌」であり「厄日」ともいわれる。立春から数えて二百十日目にあたり、台風が襲来することが多い時期でもあるからだ。今年は、関東大震災の発生から103年を迎える。関東大震災はM8.2の本震の5分後にもM7.3の余震が追い打ちをかけたという。死者・行方不明者は10万5千人に上ったが、その9割近くが火災による犠牲者だった。地震発生が昼時で多くの家庭でかまどや七輪の火を使っていたこと、木造家屋が密集していたことも被害を大きくした。東京都慰霊堂のある横網町公園(旧被服廠跡地)だけで3万8千人以上が亡くなったとされている。横網町公園に入ると蒼い空に慰霊堂が聳えていた。

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久月は撮影OK雛飾り

都政新報の「暮らしを楽しむ俳句フォト」の掲載は週に一回。毎週火曜日だ。東京新聞の方は月に一度だから余裕があるが、毎週というのは結構忙しい。カレンダーを見たら3月第1週の火曜日は3日、ひな祭りの日だと気づいた。「だったら雛人形だ」雛人形と言えば久月である。迷わず、浅草橋に向かった。浅草通りに面した本店には「人形問屋久月総本店」とある。2月も半ばを過ぎだ。客はまばらだが、赤ちゃんを抱いているお母さんもいる。店内は雛人形一色だ。しかし、七段飾りなどの本格的なものは、申し訳程度に置いてあるだけだ。売れ筋は親王飾りなど、男雛と女雛が並んでいるシンプルな雛である。段の多いものもほとんど全てがミニサイズ。

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春隣ひかり眩しき隅田川

大寒である。一年で一番寒いと言われる日だが、陽射しは既に春の装いだ。写真は、東京を代表する川、隅田川。かつては大川と呼ばれた。夏の花火大会の源流は江戸時代まで遡ることができる。高度成長期には、下水道処理が追いつかず、一時は「死の川」とまで呼ばれた。しかし、現在では生態系も戻り、河岸のテラスもよく整備されてきている。ランニングをする人、散歩を楽しむ人、釣糸を垂れる人もいる。隅田川河岸は憩いの場所になっている。正面に見える橋は清洲橋だが、ドイツのケルンにあるヒンデンブルク橋を見本にしたと言われる。小名木川との合流点からの眺めは一幅の絵のようだ。目を反対側に転じれば新大橋が見える。

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煌めきを我がものとして年の暮

クリスマスのイルミネーションが話題になったのは、1980年代の原宿だった。1km以上の欅並木を数十万のライトで装飾。観光客も訪れ、交通渋滞が起きるほどだったという。その後、イルミネーションはLEDの普及とともに各地に広がった。名所はいくつもあるが、その一つが丸の内の仲通りだ。欅並木がすべて、シャンパンゴールドのライトで統一され、通り全体が金色のトンネルのようである。出店も多い。キッチンカーもあれば、クリスマス関係グッズを売る店、アンティークショップもある。帝国ホテルのブースでは、クリスマスのお菓子「シュトーレン」も販売されていた。イルミネーションの始点の東京駅前では結婚式の前撮りが盛んだ。