【初心者歓迎】俳句フォトの会 会員申込はこちら

俳句フォトエッセイ

俳句フォトエッセイ

花冷のオレンジ通りに一服す

オレンジ通りは、かつて区役所通りと呼ばれていた。浅草新仲見世と交わっている通りである。人と会う約束があったが、早目に着いてしまった。角のスタバで一休みしながら流れる人波を見ていた。外国人を含めて、観光客は皆「おのぼりさん」に見えた。浅草の人出はすごい。地下鉄の改札口を出たところから人で溢れている。驚いたのは和菓子屋亀十の人の列。整理券すら配られている。雷門では人力車が何台も人待ち顔で並んでいる。浅草の観光センターにも列ができている。オーバーツーリズムと批判もされるが、人が多いと活気がある。閑散としているより、この喧騒の方が余程浅草らしい。新仲見世を歩いてみた。

俳句フォトエッセイ

花の雨母の遺影と向かひ合ふ

母・常子は2014年3月23日に亡くなった。今年で13回忌のはずである。本来なら、お坊さんを呼び一族が集まって偲ぶところだろうが、我が家では何もしない。だいたい、戒名も位牌もないのだ。父からしてそうだった。その代わり、忌み日に「感泣亭例会」を開き、「感泣亭秋報」を発行してきた。それも18冊で終刊とした。母の遺影は卒寿のお祝いに自由が丘のレストランで家族で撮った写真からとった。穏やかな顔をしている。母は、父が亡くなってから、思い出を圓子哲雄さんが主宰していた『朔』に寄稿し続けた。この文章を妻の邦子がまとめ『主人は留守、しかし・・・』という本にまとめた。

俳句フォトエッセイ

スッポンも亀も彼岸の甲羅干し

正岡子規に「毎年よ彼岸の入に寒いのは」の句がある。母親八重の言葉をそのまま写した句とされている。季節は、暖かくなったり寒くなったりを繰り返しながら、春本番に近づいていく。もうお彼岸である。暖かな一日、都立清澄庭園に出かけた。地下鉄の清澄白河の駅から歩いてわずか5分。別世界のような庭が広がっている。ここは、江戸の豪商紀伊國屋文左衛門の屋敷跡ともされている。明治に入り、三菱の創始者である岩崎弥太郎によって整備された名勝の一つだ。中に入るとすぐに、摂津御影石の手水鉢があるが、この庭園には伊豆や紀州から数々の名石が集められている。池の磯渡りに使われている石も見事なものだ。

俳句フォトエッセイ

鼎心の書の輝きや初桜

白川鼎心さんは、書家だ。その上、俳句も短歌も嗜み、各地で積極的に活動を広げておられる。つい最近、きごさい俳句大会の揮毫をお願いし、見事な作品を書いていただいたばかりだ。また先日は、浜松で書展があった。今回は都内。しかも、大井町線の中延。我が家からすぐそばだ。「初日なら鼎心さんに会えるだろう」20日の夕方に出かけた。中延の商店街のアーケードをスマホを頼りに歩いた。ふと見ると、右側に「重盛の人形焼」がある。かの有名な水天宮にある重盛と同じだ。思わず餡なしの人形焼を求める。聞くとやはり「分家」だという。会場の隣町珈琲は、地下にあった。広いスペースの半分は書架になっている。

俳句フォトエッセイ

漢籍に囲まれている春炬燵

大垣で「高校生俳句決戦」というイベントがある。奥の細道の結びの地ということで、大垣は俳句が盛んだ。審査員として招かれ、今年は3回目だ。長らく会いたかった友人中嶋康博氏に連絡を取った。彼は岐阜在住の詩人•研究者である。小山正孝を顕彰する感泣亭の活動にも随分応援をしていただいた。まず、中嶋氏お勧めの柳ケ瀬のとんかつ屋「清楽」で分厚いカツをご馳走になった。ソースが美味い。独特の揚げ方。ここでしか味わえない逸品である。美川憲一で有名な柳ヶ瀬ブルースの発祥のキャバレー街は今は閑散としており、街の再興に様々な試みが行われているらしい。「うちに来ませんか」中嶋氏が提案してくれた。

俳句フォトエッセイ

麗らかや水の都の湯の匂ひ

銭湯紀行その1大垣湯の花温泉大垣にいる。一昨年は、スーパー銭湯「天然温泉コロナの湯」に、昨年は「大垣天然温泉湯の城」に入った。スマホで銭湯を探したら、駅のそばに湯の花温泉を見つけた。歩いて5分ほどだ。入浴料は460円、破格だ。昔ながらの番台があるのに驚いた。洗い場が7つしかない。それでも薬湯や電気風呂がある。電気風呂に手を入れたら、ビリビリきた。壁の絵もない、小さな銭湯だが、お湯は使い放題。ジェット風呂でゆったり癒された。銭湯紀行の始まりとしては、うってつけの湯だった。

俳句フォトエッセイ

花冷の地下鉄サリンの記憶かな

高市•トランプ会談がどのようになったか、気になってテレビのニュースを見ていたら、地下鉄サリン事件から31年目というテロップが現れた。「そうか、31年になるんだ」ぼくは、その時港区立麻布小学校の教頭職にあったことを思い出した。麻布小学校の最寄りの駅は神谷町。ぼくは、その朝も日比谷線の神谷町駅で降りて出勤していた。最も深刻な被害を受けてのは霞ヶ関だったが、神谷町駅も大混乱に陥った。1時間違っていたら、ぼくもこの事件の被害者になっていたかもしれない。なにしろ、死者14人、負傷者6000人以上に及ぶ未曾有の事件だったのだから。

俳句フォトエッセイ

四月来る今年もやながわカレンダー

桜の開花が近いこの日、今年度最後の八名川句会が行われた。始まったのは、18年も前だっただろうか。八名川小学校で俳句教育に取り組み始めた頃である。お母さん方や地域の方々を対象に始めた句会だ。それがいまだに続いている。行くのヤダ泣きごねた子も卒業すこの日の最高点の俳句だ。子供の成長と、それを見守る地域の方々の思いが見えるようだ。帰り際に4月から始まる来年度の「八名川ファミリー」をいただいた。八名川小学校90周年の行事があった。今から20年前のことだ。式典と祝賀会だけで終わってはもったいない。残す財産はできないか?

俳句フォトエッセイ

招かれて俳句の授業百千鳥

今年度も終わりに近い。江東区教育委員会を退職して、まる3年になる。にも関わらず、各地の学校から「俳句の授業に来てほしい」との声をかけてもらえる。実に嬉しいことだ。中には「先生の授業を若い先生に見せたいから」というものもある。自分で言うのも何だが、最近は子供と触れ合う「呼吸」が、自然になってきたと感じる。しかし、若い時はそうではなかった。学級経営がうまくいかず、学校を辞めたいと思ったことも一度や二度ではない。学級崩壊状態に陥り、気が変になりそうになったこともある、それがどこで変わったのか。自分でもよくわからない。しかし、管理職になって考え方が変わったのが大きいとぼくは思っている。

俳句フォトエッセイ

春めくやおめかしをして壇の上

第15回きごさい全国小中学生俳句大会の表彰式の日になった。全国1万6千余の参加者のうち、入選を果たした約40名とその保護者が参加した。皆、ちょっとおめかしをして会場の入口で記念写真を撮っている。壇上で賞状をもらう姿も晴れがましい。実は、この表彰式の会場は都立清澄庭園なのである。この日は好天に恵まれ、杏は花盛り、池には鴨が優雅に浮かび、まるで別世界の様相だった。以前は、神奈川近代文学館が会場だった。「都内に移せないか」という声が上がった。江戸深川資料館も候補に上がった。その時Aさんから「清澄庭園は?」との提案があった。「できたら最高だけど、無理なんじゃない」清澄庭園は都立だ。