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俳句フォトエッセイ

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新涼や読経の響く九品仏

都政新報8/25付「暮らしを楽しむ俳句フォト」45自由が丘駅前の再開発が進んでいる。来月にも新しい商業ビルが開業するらしい。その自由が丘に降りて、ふと九品仏に行きたくなった。大井町線の九品仏駅からは目の前だが、自由が丘から歩いてもそれほどの距離ではない。九品仏川を埋め立てた緑道をのんびり歩けば15分ほどだ。九品仏とは、九体の阿弥陀如来が安置されたところから来た名前だが、正式には「九品山唯在念佛院浄真寺」という浄土宗のお寺である。境内は別世界だ。一本足を踏み入れると蝉の鳴き声が急に大きくなる。楓の緑が広がり、参道に覆いかぶさる。本堂の横に立つ大銀杏は世田谷区の名木100選に選ばれているそうだ。

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曝書して父の書きたるラブレター ②

父・小山正孝は生前、丸山薫賞をいただいた『十二月感泣集』など、8冊の詩集を刊行している。父の死後、書斎からノートに書かれた膨大な数のソネットが見つかった。『逃げ水』や『愛しあふ男女』と重なる部分があるとはいえ、なぜこれらのソネットを発表しなかったのか。今となっては不思議である。坂口昌明さんがこれらの詩篇を整理し『未完ソネット集』を編んでくださった。これらの詩篇には、正孝のナマの感情が溢れており、そのことが逆に躊躇を生んだのではないかとも思う。母へのラブレターの中にも詩の草稿らしきものが含まれていた。今回は、それを紹介したい。

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新涼や新聞記事のアレやコレ

最近は新聞の購読者が大きく減っているという。確かに自分の周りを見ても新聞をとっている人の方が少ない。ぼくが教員として現役だった頃は、「明日は習字があるから新聞紙を持ってくるように」と何のためらいもなく、子どもたちに指示していた。今はとてもそんなことは言えないだろう。そういう自分にしても、新聞をとっているとはいえ、読まない日の方が多くなった。ネットやテレビのニュースで大体のことはわかるからだ。久しぶりに新聞をじっくり読んだ。読んだというより、眺めたという感じだろうか。すると、妙な記事に目が行く。まず目についたのは「郵便維持へ縮減案0-配達減らしポスト削減」という記事だ。

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ごちやごちやのペッパーライス秋暑し

またまた昼食の話だ。この日は両国に出かけ、面白いものを発見した。我が家・感泣亭は元住吉にあるが、その一角が戦前にできた分譲住宅であることは昔から何となく知っていた。しかし、それが同潤会の事業の一環であったことを知ったのはつい最近のことだ。その証拠を横網公園の復興記念館で見つけたのだ。パネルの一枚に「年表で見る同潤会の事業展開」があった。パネルによれば、震災後の住宅復興事業の中心を担ったのが同潤会だったらしい。最初は賃貸住宅の建設が中心だったが、そのうち分譲住宅を手がけるようになる。年表の最後、1941年の項に「元住吉166戸」とあった。その発見に気をよくして外に出ると、日差しが強い。

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曝書して父の書きたるラブレター

母が父からのラブレターをとっていたことは知っていた。小山正孝研究という立場で言えば、『感泣亭秋報』に取り上げるべきテーマだった。資料として大きな価値があることは確かだ。しかし、あまりにも細かな字で書かれているために読み取れなかった。ぼく自身が白内障だったせいもある。誰かに読んでもらえばよかったのだが、その時は気が付かなかった。今朝、久しぶりに取り出して読んでみたら読める。白内障の手術を済ませたということもあるが、朝の早い時間だとまだ目が疲れていないからだろう。そこで、少しずつできる範囲で書き起こすことに決めた。順不同だが、最初は結婚6年目に書かれた手紙だ。

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この奥は交流センター処暑の風

二十四節気にいう「処暑」まであと僅かである。今週は暑さは戻ってきたが、風には秋の気配が漂っている。このまま一直線で秋になるとは思えないが、昔の夏はこんな感じだったのかもしれない。写真は、国際交流センターの庭である。木が繁り緑に覆われている。ぼくが子供の時、この場所には法政大学のグラウンドがあった。ここで軟式の野球の試合をしたことが浮かぶ。といっても正式な野球のチームではない。近所の子供たちが勝手に集まって作ったチームだ。監督もコーチもいなかった。ぼくのポジションはキャッチャーだった。運動神経が良くないのに、ぼくは野球をするとかならずキャッチャーをやらされた。

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幽霊にまみえし納涼歌舞伎かな

都政新報8/18付「暮らしを楽しむ俳句フォト」44友人から誘いがあり、二つ返事で歌舞伎座に向かった。「牡丹灯籠」の一幕見だ。八月の歌舞伎座は納涼歌舞伎で怪談物がよくかかる。歌舞伎座は久しぶりだ。若い頃はよく観に行ったが、改築されてからは初めてかもしれない。改築前の一幕見は当日券のみで列に並ばなければならなかった。今は当日券もあるが、前日から予約ができるらしい。「牡丹灯籠」は、三遊亭圓朝の人情噺が元になっている。死んでも恋する女の執念と金や色に迷う人間の欲を描いた話だ。ぼくが観たのは、第二場。演じる役者は若手が中心だが、幸四郎が三遊亭圓朝など二役を演じている。

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初秋の食欲不振にロースかつ

歌舞伎の「牡丹灯籠」を観たあと、千駄木に向かった。三遊亭圓朝ゆかりの全生庵で幽霊画展が開催されていると教えていただいたからだ。千駄木駅を降りて、腹が減っていることに気がついた。時計を見たら午後1時を過ぎている。「何を食べようか」蕎麦?うどん?食べる気がしない。パン類も嫌だ。中華も食指が動かない。腹が減っているのに食欲がないのだ。ところが1つだけ食欲をそそるものがある。それが「かつ」だ。とんかつならだいたいいつ食べても美味しく感じる。スマホでとんかつやを探した。「あった」駅から4、5分。とんかつ三矢である。かつは美味かった。ご飯も味噌汁もキャベツもお代わり自由。極細に切られたキャベツの味は抜群。

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爽やかやナンバー①の座席券

先日、誘われて歌舞伎を観に行った。歌舞伎座の八月納涼歌舞伎である。演目は牡丹灯籠の第二場「野州栗橋の宿はずれより幸手堤まで」という長い題名がついている。久しぶりの歌舞伎で面白かったので、第一場も観たいと思った。金曜日、朝目を覚ましたら体が軽い。「だったら」一幕見のほとんどは、前日ネットで申し込むようになっているが、若干の当日券もあるはずだ。並べれば買えるだろう。9時半。一幕見の入口には誰も並んでいなかった。案内の人が親切に「どこの場を観たいのか?」とか「現金だけですよ」とか説明してくれる。30分そこで待ち、券を手に入れた。券を見たらナンバー①だった。

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大垣の向日葵太く逞しく

午前中「俳句で語る認知症の介護」の話をしたが、同じ場所で午後は俳句結社「拓」の納涼句会があった。俳誌『拓』はもうすぐ50号だという。大垣を訪れ、最初に西田拓郎先生(「拓」代表)に会ったのは、彼がまだ墨俣小学校の校長先生だった頃だ。次の春、定年退職した彼は名古屋芸術大学の教授に迎えられ、同時に俳句結社「拓」を結成した。今の時代、俳句結社を運営するのは、並大抵のことではない。新しく作るのは更に難しいだろう。それをやり遂げ、すでに5年である。しかも内容が年々充実している。その理由をこの日の句会で垣間見ることができたような気がした。それは、西田拓郎のリーダーシップと人間性である。