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俳句フォトエッセイ

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秋驟雨逃れるやうに湯の煙

【銭湯紀行】19学芸大学千代の湯雨が降ってきた。ぼくは銭湯に逃げ込むことを考えた。学芸大学の千代の湯だ。以前、同じ学芸大学の鷹番の湯を紹介したが、実はこの千代の湯の方が駅から近い。ここに来るのは3回目だ。それにしても、学芸大学の商店街は人に溢れ、活気がある。まず、駅前に本屋があるのが素晴らしい。おかしのまちおかやカルディ、ちよだ鮨などどこにでもあるようなチェーンの店も多いが、お洒落なカフェや喫茶店が何軒もある。西口のドトール珈琲農園のホットケーキも美味しい。さらに鰻屋まである。ぼくの行きつけの帽子屋viridianは、鰻屋を探しに歩いている時に偶然見つけたお店だ。

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爺婆のカップルばかり稲の秋

寺家ふるさと村のレストラン「寺家乃鰻寮」にいる。献立は、鰻が中心だが、天ぷらや蕎麦もある。この日のサービスランチははまちの漬け丼だった。鰻重は流石に高いので、その半分ほどの値段の「鰻丼」を食べることにした。久しぶりの鰻だ。昼時とはいえ、バス停からも離れているのに、次々に客が入ってくる。その客がほぼ例外なく、年配のカップルなのだ。平日の昼間にこうやってデートを楽しんでいる年配の仲の良い夫婦もそれなりにいるのだ。なんだかほっこりした気分になる。9月20日(日)に俳句フォトの会の吟行を「寺家ふるさと村」で実施することになっている。この日は、その実地踏査というわけだ。

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本を読む楽しみ喜び涼新た

若者の本離れが言われて久しい。若者だけではなく、ぼく自身にしても昔と比べると本を読む量は激減している。我が家から歩いて3分の木月キッチンで毎月読書会が催されている。先日初めて参加した。「短歌と俳句の本を読む会」だったからだ。何冊かの詩集や句集を持参した。詩集『我が家に天使がやってきた』服部剛詩集『二の舞』上手宰詩集『愛しあふ男女』小山正孝句集『保健室登校』福本啓介句集『給食のおばさん』北大路翼どの本も参加者の中で話題となった。楽しい2時間だった。初参加の一人の青年がいた。「どうして参加されたのですか?」という問いに次のような答えが返ってきた。「8月1日から突然読書にハマったんです。

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買取屋また買取屋秋暑し

ブレーメン商店街にどんな店が多いか、以前調べたことがある。驚いたことに一番多いのは歯医者だった。20軒を超えていた。同様に多いのが、体をメンテナンスする店だ。整骨院の類いだが、最近はストレッチとか、ジムのような形態が増えている印象を受ける。美容院も同様に多いが、減少傾向にある。話に聞くと少なくとも1回1万円ほどかかる店が多いようだ。この値段も客足が遠のく原因になっているかもしれない。その次に多いのが、不動産屋だ。駅近を中心に15軒ほどある。それほど需要があるとは信じ難いが、それだけ元住吉という地域が人気だという証かもしれない。これらの店はいずれもモノを売らない店だ。

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新涼や読経の響く九品仏

都政新報8/25付「暮らしを楽しむ俳句フォト」45自由が丘駅前の再開発が進んでいる。来月にも新しい商業ビルが開業するらしい。その自由が丘に降りて、ふと九品仏に行きたくなった。大井町線の九品仏駅からは目の前だが、自由が丘から歩いてもそれほどの距離ではない。九品仏川を埋め立てた緑道をのんびり歩けば15分ほどだ。九品仏とは、九体の阿弥陀如来が安置されたところから来た名前だが、正式には「九品山唯在念佛院浄真寺」という浄土宗のお寺である。境内は別世界だ。一本足を踏み入れると蝉の鳴き声が急に大きくなる。楓の緑が広がり、参道に覆いかぶさる。本堂の横に立つ大銀杏は世田谷区の名木100選に選ばれているそうだ。

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曝書して父の書きたるラブレター ②

父・小山正孝は生前、丸山薫賞をいただいた『十二月感泣集』など、8冊の詩集を刊行している。父の死後、書斎からノートに書かれた膨大な数のソネットが見つかった。『逃げ水』や『愛しあふ男女』と重なる部分があるとはいえ、なぜこれらのソネットを発表しなかったのか。今となっては不思議である。坂口昌明さんがこれらの詩篇を整理し『未完ソネット集』を編んでくださった。これらの詩篇には、正孝のナマの感情が溢れており、そのことが逆に躊躇を生んだのではないかとも思う。母へのラブレターの中にも詩の草稿らしきものが含まれていた。今回は、それを紹介したい。

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新涼や新聞記事のアレやコレ

最近は新聞の購読者が大きく減っているという。確かに自分の周りを見ても新聞をとっている人の方が少ない。ぼくが教員として現役だった頃は、「明日は習字があるから新聞紙を持ってくるように」と何のためらいもなく、子どもたちに指示していた。今はとてもそんなことは言えないだろう。そういう自分にしても、新聞をとっているとはいえ、読まない日の方が多くなった。ネットやテレビのニュースで大体のことはわかるからだ。久しぶりに新聞をじっくり読んだ。読んだというより、眺めたという感じだろうか。すると、妙な記事に目が行く。まず目についたのは「郵便維持へ縮減案0-配達減らしポスト削減」という記事だ。

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ごちやごちやのペッパーライス秋暑し

またまた昼食の話だ。この日は両国に出かけ、面白いものを発見した。我が家・感泣亭は元住吉にあるが、その一角が戦前にできた分譲住宅であることは昔から何となく知っていた。しかし、それが同潤会の事業の一環であったことを知ったのはつい最近のことだ。その証拠を横網公園の復興記念館で見つけたのだ。パネルの一枚に「年表で見る同潤会の事業展開」があった。パネルによれば、震災後の住宅復興事業の中心を担ったのが同潤会だったらしい。最初は賃貸住宅の建設が中心だったが、そのうち分譲住宅を手がけるようになる。年表の最後、1941年の項に「元住吉166戸」とあった。その発見に気をよくして外に出ると、日差しが強い。

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曝書して父の書きたるラブレター

母が父からのラブレターをとっていたことは知っていた。小山正孝研究という立場で言えば、『感泣亭秋報』に取り上げるべきテーマだった。資料として大きな価値があることは確かだ。しかし、あまりにも細かな字で書かれているために読み取れなかった。ぼく自身が白内障だったせいもある。誰かに読んでもらえばよかったのだが、その時は気が付かなかった。今朝、久しぶりに取り出して読んでみたら読める。白内障の手術を済ませたということもあるが、朝の早い時間だとまだ目が疲れていないからだろう。そこで、少しずつできる範囲で書き起こすことに決めた。順不同だが、最初は結婚6年目に書かれた手紙だ。

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この奥は交流センター処暑の風

二十四節気にいう「処暑」まであと僅かである。今週は暑さは戻ってきたが、風には秋の気配が漂っている。このまま一直線で秋になるとは思えないが、昔の夏はこんな感じだったのかもしれない。写真は、国際交流センターの庭である。木が繁り緑に覆われている。ぼくが子供の時、この場所には法政大学のグラウンドがあった。ここで軟式の野球の試合をしたことが浮かぶ。といっても正式な野球のチームではない。近所の子供たちが勝手に集まって作ったチームだ。監督もコーチもいなかった。ぼくのポジションはキャッチャーだった。運動神経が良くないのに、ぼくは野球をするとかならずキャッチャーをやらされた。