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俳句フォトエッセイ

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涼しさに戸惑つてゐる木曜日

台風が過ぎたというのに、今日も雨模様だ。それに涼しい。本来なら「残暑厳しき折」なのに最高気温が30度にも届かない日が続いている。今週いっぱいこんな天気が続くらしい。地震があった熊本が猛暑続きだというのに、申し訳ない気分だ。温暖化による気候変動とは一直線に暑くなるということではなく、変動が激しくなり予測不能な事態が徐々に起こるということなのだろう。ふと子供の頃を思い出してみる。もちろんクーラーはない。蚊帳を吊って寝ていた。平屋だったせいもあるだろうが、雨戸を閉めて寝ていた。扇風機はかかっていたかもしれない。日によっては汗だくで寝ていたこともあるだろう。

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秋暑く共栄堂のカレーかな

暑さが戻った日、心の許せる友人と会うために神保町に出た。約束の時刻は14時なので、その前に昼飯を食べることにした。どうするか、一瞬迷って、共栄堂のカレーにすることに決めた。共栄堂は古いカレー専門店である。創業は大正13年というからもう100年以上だ。ここのカレーはスマトラカレーだ。小麦粉を使わず、独特の苦味がある。そして、そこが旨い。共栄堂という店の名前の由来は、父に聞いた。父もここのファンだったのだろう。同じ名前の共栄堂が新橋にもあったのだという。共に栄えようというので「共栄堂」としたが、喧嘩別れして、神保町だけしか残っていないというのだ。本当か嘘かは知らない。共栄堂は、地下一階にある。

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秋立ちて俳句で語る介護かな

驚いたことに、大垣オカサンホテルのcafeヘレンケラアには、40名を超える人たちが集まっていた。そこでぼくは、桐山淳先生と共に妻の介護について語った。桐山先生のお話は心に響くものだった。その内容については、コメント欄の動画をぜひご覧いただきたい。ぼくは句集『大花野』の句を読み上げながら、その時の心情を語ることにした。YouTube番組「大花野チャンネル」を通して、ぼくの考えはかなり変わった。その点を中心に話した。句集を編んだ当時、ぼくには「介護は大変だったんだよ。それをわかってほしい」という思いが強かったように思う。

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透明な泡に包まれ秋に入る

【銭湯紀行】18大垣天然温泉コロナの湯銭湯紀行の①が大垣だった。今回は再びの大垣である。午前中に大垣に着く予定だった。ところが新幹線の切符が取れない。考えてみれば夏休みだ、それもお盆である。新横浜12時21分発のひかりにようやく席が取れた。それでも15時には、大垣の駅の美濃味匠で150円のコーヒーを飲んでいた。余談だが、美濃味匠の卵かけご飯は安くてうまい。大垣には町の銭湯がもう一軒あったはずだが、休業中というので、スーパー銭湯「大垣コロナの湯」に行くことにした。ここは、コロナワールドという巨大な複合施設の中にある。この名前、新型コロナ感染症の流行期には、相当に肩身がせまい思いをしたに違いない。

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立秋や入道雲の根を探す

今週の東京は比較的涼しかった。しかし、週末になって暑さがぶり返した。考えてみれば、もう立秋だ。鬼貫に《そよりともせいで秋たつ事かいの》の句があるように立秋と言っても、体感からすれば夏の盛りに近い。「なぜ夏の真っ最中なのに秋なのか」この問いに納得させられたのは次の説明である。「西洋では暑い時が夏、寒い時が冬と考えるが、東洋では一番暑い時が過ぎたら秋が始まると考えるんだ」なるほど、だから二十四節気「大暑」の次が「立秋」になっているのか。見上げると空には見事な入道雲が聳え立っている。これからが暑さの本番になるかのようだ。「しかし、待てよ」俳人の曽根新五郎さんに教えていただいたことを思い出した。

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久々の八月納涼歌舞伎かな

「歌舞伎の一幕見を観に行きませんか」と誘いを受けた。出し物は「牡丹灯籠」だという。歌舞伎座の改築以来、一度も足を運んでいない。よく通ったのは20 年近くも前のことだ。一時は毎月のように見に行ったこともある。しかし、歌舞伎がわかっていたかというと、そうではない。踊りになると結構寝ていたことを思い出す。映画「国宝」のブームで歌舞伎座は大賑わいかと思ったが、予想外に空いていた。一幕見の天井桟敷にも空席が目立った。「牡丹灯籠」が、幽霊となっても恋を貫く話だと初めて知った。ぼくが観たのは第二場である。人間の欲がむき出しになる場面だ。女形の役者の所作に見惚れた。その途中、舞台いっぱいに雨が降り始めた。

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蝉時雨緑の中の九品仏

午前中は俳句の会だったが、午後は空いた。すると、家の中に留まっている気にならない。いつもなら、お気に入りのカフェに出かけるのだが、夏休みらしく閉店している。あてもなく自由が丘で降りた。駅前に建築中のビルは開店までまだ2、3か月かかりそうだ。九品仏に行こうと思ったのは、歩き始めてからだ。父の散歩もきっとこんな感じだったのだろうと思った。母親に「どこにいくの?」と聞かれ、「自分にだってわかんないんだ」と答えたという。道道には、瀟洒な住宅が並ぶ。アウディやクーパーミニなどの車が停めてある。所々に、これまた洒落た店もある。美容室だったり、ブティックだったりする。久しぶりの九品仏浄信寺である。

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向日葵の東を向きてたぢろがず

最近は、お花屋さんに行くと、室内で飾る小ぶりの向日葵を見かける。しかし、ぼくは見上げるほど大きく雄々しい向日葵が好きだ。向日葵はお日様の動きを追いかけると思われているが、それが誤解であることを『ひまわりはなぜ東を向くか』(瀧本敦著中公新書)で教えられた。成長した向日葵が東を向いて固定されるのは、朝の太陽光で花に宿った露が乾きやすく、受粉を手伝う虫が集まるのを促すのが理由らしい。それにしても、向日葵が一斉に同じ方向に花を向けている姿は壮観である。向日葵の原産地はアメリカであるが、食用の油が採れ、当時動物性脂肪が禁じられていた帝政ロシアで盛んに栽培されん、一大生産地となった。19世紀の話だ。

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映画館なけれど六区夏は夏

暑い日だったが、約束があって浅草に出かけた。最近の浅草は、外国人観光客も多く賑わいは半端ではない。人力車のお兄ちゃんが声を張り上げている。浴衣を着た女の子が形ばかりに扇子をあおいでいる。新仲見世に入るとすぐ右側に鰻のつるやがある。多くの店が変わる中でここは健在だ。今半本店も賑わっている。驚いたのは、もんじゃ焼きの店が増えたことだ。昔は浅草のもんじゃと言えば、染太郎と相場が決まっていたが、新仲見世だけで、新しい店が5軒あった。加えて増えたのは包丁屋だ。いったいどういう理由なのだろうか。唐辛子の薬研堀は昔と少しも変わらない。隣に店を構えていた「余荷解屋(よにげや)」が懐かしい。

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雷や讃岐うどんのずずずずず

最近、夕立が多い。昼間の気温が上がり過ぎるからだろうが、毎日のようにどこかで一雨降る。元住吉の駅を降りたら、土砂降りだった。雷鳴も遠くから聞こえる。「どうしよう」駅の売店の傘の値段を見たら700円だった。「それなら」駅前に新しくできた「ずずず」でうどんを食べて待とう。そのうちやむだろう。この店は数日前に開店したばかりだ。以前はここに「富士そば」があった。最近は「丸亀製麺」が各所にでき、お世話になっている。安上がりに一食済ませられるのはありがたい。食券の買い方に迷っていたら、年配の店員が一人、それとなく教えてくれる。それが適切で、差し出がましさもない。顔つきは柔和だ。