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俳句フォトエッセイ

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結び葉や感泣亭のナポリタン

結び葉とは、歳時記によれば、「樹木の茂りが盛んなさまをいい、若葉が結ばれたように見えるので結び葉という。」と記されている。我が家の壁のアイビーも茂りに茂っているし、今日の「サロンde感泣亭」にも20人近くのお客さんがあり、盛んなおしゃべりに花が咲いた。Aさんが作ってくれる今日の「賄い飯」はスパゲッティナポリタン。これがとんでもなく美味い。いくらでも食べたくなるが、我慢する。これまたやわらかい抜群のフランスパンが添えられている。「サロンde感泣亭」が始まったのは2023年の2月だから、もう4年目に入ったことになる。

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紫陽花に頬を寄せたる写真かな

梅雨時の花と言えば誰もが紫陽花をあげるだろう。東急線多摩川駅から近い多摩川台公園に足を運んだ。ここは、斜面が紫陽花苑になっている。薄日の差す梅雨の晴れ間だった。予想以上の人出である。多いのは、やはり西洋紫陽花だ。青や赤の手毬のような花が微かに揺れている。しかし、日本古来の額紫陽花も負けていない。かつては、白と青の地味な色の取り合わせがほとんどだったが、最近は色鮮やかなものが増えた。品種改良のおかげだろう。目を見張ったのは額が薄くピンクで彩られた紫陽花だった。真ん中の蕾のような花が宝石のように輝いている。

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夏の夜を揺らす綺世のシュートかな

W杯、鬼門と言われた予選第二戦を日本は圧倒的な強さで乗り切った。これまでの日本とは明らかに違う。4点をもぎ取り、ピンチらしいピンチもなかった。上田綺世のシュートには惚れ惚れした。選手個々の身体能力でもチュニジアに引けを取らないのではないか。日本時間午後1時の試合開始から最後まで、結局見続けてしまった。実は、ぼくは中継を見るのは好きでない。緊張するからだ。極端に言えば、ぼくが見ていると負けそうな気がするのだ。臆病なのだろう。サッカーを見るといつも思い出す話がある。体育館までテレビの延長コードを伸ばし、全校で応援したこすげ小学校での経験だ。日韓W杯のトルコ戦だった。

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思ひ出の詰まる校舎やカンナ咲く

「もうカンナか!」カンナの葉とはこれほど美しかったのか。見惚れる思いだ。その向こうに見えるのは八名川小学校の校舎だ。今年開校110年を迎える。ぼくは、赴任してからこの学校で6年を過ごした。その最初の年のトピックは「学習塾」との連携だった。珍しかったのだろう。これが大きく新聞に取り上げられた。裏を明かせば、算数の指導をしてくれる適当な先生がいなかっただけの話だ。「昼間は時間が空いていて、算数の指導ができる人はどこかにいないか?」そしてたどり着いたのが塾の先生だった。条件にぴったりだ。これが「塾との連携」とになった訳だ。記事の見出しはセンセーショナルだったが、内容はかなり正確に書いてくれた。

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梅雨空や恋人たちは手を繋ぐ

うっとうしい梅雨空が続いていたある日、駅に向かう人の列を見ながら妙なことを考えた。傘を差しながら手を繋いでいるカップルがいたからだ。普段でも普通に手を繋ぐカップルは多い。恋人同士や夫婦なのだろう。微笑ましく、ロマンチックな光景である。時には、歳とった老夫婦が手を繋いでいる風景を見ることもある。考えてみれば、男女(オス・メス)が手を繋ぐ動物はヒトだけではあるまいか。直立歩行で両手が自由に使えるからか。猿だって、毛繕いはするだろうが、手を繋ぐ猿なんて見たことがない。先日、YouTube「大花野チャンネル」の収録では、句集『大花野』の中の一句《手を繋ぎ祭の中を彷徨す》を取り上げた。

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水の町水の都の青葉陰

この日も沼津の加藤学園で午後の授業がある。少し寝坊し駅に向かった。東横線が動いていない。いつも空いているホームに人が溢れている。これには、少し焦った。新横浜で切符を買うにも時間がかかる。ジパング倶楽部の会員で割引になるのはいいのだが、いちいち列に並んで買わなければならない。列の長さにうんざりする。時刻表を見る。のぞみは何分おきかにじゃんじゃん来るのに対して、三島に停まるこだまは、30分に1本しかない。こんなことにイライラしている自分にイライラしている自分がおかしかった。新幹線に乗ってしまえば、三島はあっという間だ。思い立って三島で降りた。駅からすぐそばの鰻屋に見覚えがあった。

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梅雨晴の狭ひながらも露天風呂

【銭湯紀行】その13学芸大学ぽかぽかランド鷹番の湯学芸大学は、ぼくの帽子を作ってくれる帽子屋さん「Virlidian」があるところだ。この日は風呂に入るために降りたのだが、ここが「鷹番」であることに改めて気がついた。鷹番には、戦前に母が住んでいた家があった。ぼくは、一度だけ母に連れられてその場所に行ったことがある。この日、ぼくは母と行ったであろう道を辿ってみた。記憶の中では、緩やかな坂の途中にあったはずだが、行ってみると坂そのものがなかった。すでに婚約をしていた母を奪い取った正孝は、母とこの道を幾度となく歩いたことであろう。母は親の怒りを買い、ある時は家の奥の部屋に閉じ込められたと書いている。

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百畳の畳の上の昼寝かな

高輪ゲートウェイ駅に初めて降りた。隈研吾が設計した駅舎は開放的で明るい。改札口を出ると目の前はすぐにビル街だ。築地で走っているターレのようなモビリティが人を乗せてゆっくり走っている。街としての姿がすでに出来上がっている。3月には、「MoN高輪」が公開された。これも外装のデザインは隈研吾だ。建物の外側が緑のスパイラルになっている。中に入ると広いスペースに監視用のロボットが巡回している。屋上まで上がるとそこは池になっている。足湯まである。お洒落なカフェでコーヒーも飲める。眼下にはJRの線路が広がる。館内はどこも贅沢に広い。緩やかなソファが置かれ、大きさの異なるテーブルと椅子が並んでいる。

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新樹光木製ウォッチ販売車

「木製ウォッチ?」川崎駅の構内である。キッチンカーのような車の中に、確かに木製の腕時計が並んでいる。「今時?」と思ったが、何か新鮮だ。もちろん中まで木製の訳はない。時計の周りのデコレーションやバンドが木でできているだけだ。それでも一瞬立ち止まってしまった。ぼくが最初に腕時計をしたのは高校の時だった。入学祝いにSEIKOの腕時計をもらった。もちろんリューズでネジを巻くものだ。そのうち自動巻きの時計ができ、クォーツに変わった。その度に時計を買い替えたような気がする。携帯電話を持つようになると、腕時計を持つ必要がなくなった。時計は世の中に溢れていた。