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俳句フォトエッセイ

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星涼しミラーボールの回る空

友人で詩人の服部剛さんの出演するライブが行われた。会場は、何と元住吉。綱島街道を渡ったところのPowers2である。こんなところにライブハウスがあるのにもびっくりしたが、それ以上に愉快だったのは、ライブの題名である。「核兵器はいらない。第2回世界玉こんにゃく協会世界大会」というのだ。主催は、ドリアン助川さん。知る人ぞ知る作家、詩人、歌手、大学教授である。著書『あん』は20以上の言語に訳され、樹木希林さん主演の映画にもなった。この夜の出演者は、服部剛さんの他に、ロックのユニットはんぺんブラザーズ、詩人の稀月真皓さん、それにドリアン助川さんの4組である。

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新緑の奥や星空投影機

人類を月に送る「アルテミス計画」のニュースを見ていたら、星空が見たくなった。子どもの頃見たプラネタリウムが懐かしい。調べたら、川崎にもあることが分かった。生田緑地の「かわさき宙(そら)と緑の科学館」である。生田緑地には、日本民家園。25棟もの日本各地の民家が保存されている。奥には、岡本太郎美術館もある。広場は、親子連れのグループでにぎわっている。科学館では、川崎で見られる動植物の標本に出合う。川崎にもまだ豊かな自然が残っているのだ。プラネタリウムのドームに入る。中央に投影機。客席には子ども連れが多い。若いカップルの姿もある。投影が始まると生田緑地の周囲の風景がシルエットで映し出された。

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薄暑めく東京タワー展望台

東京タワーの展望台に来ている。エレベーターで45秒だ。大型連休は終わったとは言え、相当な人出だ。目の前には高層ビルが林立している。麻布台ヒルズなどは見上げるほどの高さだ。スカイツリーは先っちょだけが見える。下を見たら懐かしい建物が見えた。港区立御成門小学校の校舎だ。ぼくは45歳からの5年間、毎日東京タワーを見て過ごした。最初の3年間は麻布小学校から、次の2年間は御成門小学校からである。御成門小学校は、桜小や神明小など6つの学校が合併して開校した。40年前としては、最新の設備を備えた学校だった。エレベーターはもちろんだが、全校児童を一堂に集められるランチルームもあった。

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葉桜の下のもぐもぐタイムかな

妻のお世話になっているグループホームは、我が家から歩いて20分ほどの距離にある。入居してからもう5年に近くなる。通う道は、ほぼ決まっているので、国際交流センターの脇を通り、井田中の裏を行くルートだ。途中に生協のストアとセブンイレブンがある。どちらかの店で、妻の好物のプリンを買っていくのが、習慣になっている。今の時期は良いが、盛夏は暑すぎて辛い時もある。往復たった40分の距離が辛いとは笑止千万だが、途中の生協かコンビニの冷房に当たって一息入れることも多い。「自転車を買おう」と何度か考えたが、歩く方が運動になると考えてやめた。歩くと、植物がよく見える。今の時期は、躑躅だ。

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菖蒲湯の長閑句会の帰り道

【銭湯紀行】その9武蔵小杉今井湯連休の真っ最中の句会だ。名前は「椿句会」という。もう3年も前になるが、中心になっていたNさんに「指導」を頼まれた。それまで、椿句会を指導されていたK先生が、ご高齢で参加が難しくなったためだ。ちょうど江東区を退職したばかりで、時間のゆとりもあった。参加者が10人に満たない小さな句会だが、メンバーが少しずつ入れ替わりながら続いている。Nさんは、椿句会の伝統をしきりに口にされていた。確かに、今回で641回である。月に一回の句会ならば53年余ということになる。今から53年前と言えば1973年だ。ぼくが教職についた頃である。どのような方が始められたのか想像するしかない。

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春なれば嬉し新しキーボード

昨日と同じ写真である。AppleのiPadである。購入したのは、この4月。これまで使っていたiPad Proの動きがおかしくなってきたからである。もう10年近く使ってきたから仕方がない。ぼくは、このiPadのお陰で家から離れた場所で仕事をすることが可能になった。そういう意味では、恩人のようなものだ。新しいiPadを買おうか買うまいか、一瞬迷った。というのは、最近iPhoneでも十分文章を打つことができると分かったからである。フリック入力を使えば、電車の中でも公園のベンチでも文章を打つことができる。電車に乗っている間に、時にはエッセイの一つぐらい書けてしまう。

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ITに頼る生活青葉寒

学生時代はもちろん、教職に就いた時にもまだワープロやコンピュータはなかった。学校の諸文書も学級通信も全て手書きだった。その生活にコンピュータが入り込んで来たのは、30代の半ばである。東芝のルポというワープロが話題になった。確か100万円近くしたと思う。そのうち、富士通からオアシスのラップトップのワープロが発売になった。これが何と22万円。圧倒的な安さだった。しかし、画面は液晶でたった8文字。ぼくが購入したのは、日立のワープロだった。確か、画面で7、8行は確認できたと思う。起動するには、5インチのフロッピーディスクを2枚入れて、機械が読み込みまでしばらく待つ。

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人人人黄金週間人人人

川崎駅である。けっこうな人だ。次から次から流れてくる。久しぶりの快晴。正に五月晴れである。大型連休、明日も明後日も休みなのだから、どこかに行きたくなるのは当然だ。ポン友の松本芳明が川崎で写真展をするというので、冷やかしに来た。それにしても川崎は変わった。昔の川崎は煤煙の町だった。駅前だってひどいものだったらしい。巨大な歓楽街である銀柳街は今でも昔の雰囲気を残しているが、駅前は間違えるほどだ。川崎が変わり始めたのは、おそらくチネチッタの頃からだ。シネマコンプレックスを中核としたこのイタリア風の建物群は川崎をおしゃれな町に押し上げる第一弾だった。地下街のアゼリアも他の町に引けを取らない。

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黄金週間溢るるばかりの漫画本

【銭湯紀行】その8品川区西小山東京浴場東京浴場は、東急目黒線の西小山の駅から歩いて2分程だ。券売機はカードもPayPayも使える最新型だ。番台の若い兄ちゃんや姉ちゃんが明るい。浴室に入って驚いた。巨大なこいのぼりが頭上を泳いでいるのだ。壁には「東京浴場新聞」が貼られている。風呂は、熱い湯、少し熱い湯、ジェット風呂の3つだが、黒い大きな水風呂の樽が2つも置かれていた。他に「おこもりサウナ」と称する一人用のサウナが2つ脱衣場に設置してある。ぼくの入った18時頃の客は10名ほど。客は中年ばかり。若い人もいなければ爺さんもいない。帰り際に小学校高学年らしき4人組が入って来た。

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昭和の日この日ばかりは囲碁三昧

終局も近い、黒が僅かにリードしている局面だ。下辺を見てほしい。無理を承知で白が黒の陣地に殴り込んできた。一つ間違えれば白が生きて、形勢逆転となる。どう考えても、読み切れない。結果として、どうにかしのぎ切ったが、連敗するところだった。相手は、碁敵のTさんである。もう20年近く毎月一度続いている。錦糸町だったり、新橋だったり。そして今は、市谷である。初めはぼくの方がずっと強かった。二つも三つも置かせてもぼくの方が勝った。ところが徐々に差が縮まった。最近はぼくの方が3連敗している。ぼくが初めて囲碁に触れたのは学生時代、研究室の合宿の時だった。知らない者同士で見よう見まねで対戦した。